くるくる日和

色々なことをくるくると紡いでいきます。

物事はなにかしらの方法で「必ず」解決できる

さてさて、皆さんもそうだと思うんですが、人生において不満な事って多々あると思います。
大きなトラブルから、ちょっとした悩み事から、不満まではいかないけれど、こうであれば良いなぁという希望まで、まぁ、とにかく今の状況に満足していない事ですね。

 

今回はそれについてのお話。

 

不満な状況に悶々としながら過ごしている時って、どこか前向きではないんですね。
諦めが入っていたり、仕方がないとどこかで自分を無理に納得させようとしていたり。

 

でも、最近思うのは、そういったことに対して、何かしら解決できる方法を自分でちょっとでも試してみたかな、という事です。

 

そんな風に思うようになったのは、フリーランスになったことがとても大きいと思います。

 

正社員で働いていた時は、色々なしがらみがあって、煩わしかったり、不必要にスムーズにいかない事があったりと、悶々とすることばかりだったんですね。

 

それがフリーランスという働き方になった途端、しがらみがなくなり、一気に曇り空が晴れたように、気持ちが楽になりました。
そう、悶々としていた事が解決されたんですね。

 

正社員で働いていた時は、そんな風な(会社を離れるという)解決方法を探ることもせずに、そこの場所で、与えられている環境で何とかベターな精神状態を保つ方法しか考えていませんでした。

 

まぁ、でも、それが普通ですよね。
転職やら、ましてやフリーランスになるなんて大ごとですからね。

 

でも、考えてみて下さい。


新幹線に乗りました。
指定席券を購入しています。
でも、該当の席は汚く、薄暗く、寒い。
目の前の席では宴会が始まりうるさい。
その席で何とか我慢して下さい、と言われて、そこでベターな方法を探りつつ移動の時間をやり過ごす。
極端な例ではありますが、その状況と変わらなかったんですよね。
(いや、まぁ、別にそこまでのブラック企業で働いていたわけではありませんでしたけど。本当に。笑)

 

でも、利用者としたら、清潔で明るく、暖かく静かな席へ変えて欲しいと思うのは当然のことです。

そして利用者というのはこの話の中ではイコール労働者です。

労働者であるのは私なのですが、その状況にしがみついていたのは、イコール収入にしがみついていたという事が多分にあったかと思います。

 

そこの席を離れると定期収入がなくなる。
これはとても大きいです。

 

ですが、その定期収入と同額の収入を得る手段が他にもあるかも知れない。
その思いになかなか至らなかったんですね。

 

僕の場合はたまたまフリーランスの道を探る事を思いつき、調べた結果、どうやらそっちの道でもいけそうだと判断し、運良く仕事が得られました。
しかも、それまでの収入よりも少し高い金額で。

 

その時に思ったんですね。
「その席に居続けなければならない」というのは自分で決めていたことだって。
収入にしがみつくあまり自分で、そう決めていたんです。

 

また、そこには、日本の文化(文化なのかな?)も影響していたと思います。
それは、転職の数が多いと不利になる、ということです。
転職が多いと飽きっぽい、人間関係の構築がうまくない、何か問題があるんじゃないか、といった風に取られてしまいます。
もちろん、実際にそういったケースもあるのでしょう。

 

ですが、フリーランスになって実感していることは、常駐案件であれば、より多くの企業で働いた方が、様々な経験や知識や物の見方、価値観が養われる、ということです。

 

そう、一つの企業で働いていた人よりも、いくつもの企業、いくつもの案件に携わり、様々な経験をしていた方が、圧倒的に有利なんです。
経験がものを言うフリーランスの世界ではそうなんですね。

 

実際、フリーランスになり、収入は不安定ではありますが、今のところはおかげさまで年収は以前の120%になりました。

 

そして得たものは収入面だけではありません。精神面でもだいぶ楽になりました。
しがらみが少ない分、悶々とすることが少なくなりました。
そう、その精神面での劇的な変化が「物事は大抵解決できるのだ」という考え方になりました。

 

実は、元々、仕事の業務においてはそう言う考え方を僕は持っている方でした。

 

どういうことかと言いますと、それは、業務上で上手くいかないことは、ヒト、モノ、金、時間、情報の、どれかで必ず解決できる、という考え方を持っていたということですね。

 

僕は業務上、解決したいことがあった場合、上記のどれかにまずは、当てはめていました。

 

ヒトが何人いればそれは解決できるのか。
どういったモノがどれだけあれば良いのか。
お金で解決出来るとして、それは幾らぐらいになるのか。
どれくらいの時間があれば良いのか。
どんな情報があれば解決出来るのか。

 

これらは、大抵の場合、複合的に絡み合います。
ヒトの確保が多くなれば、時間の問題は解決しますし、情報が多くなればヒトの問題が解決するすることもあります。

 

そう、業務上はそんな風に割り切って考えられていたのですが、プライベートや精神面や会社のしがらみ、人間関係に対してはその考えを持ち込むことはしていませんでした。

 

恐らくそれって自分自身のことは客観的に捉えられていなかったからだと思います。

 

業務ももちろん自分に関わることですが、やっぱり立場としては「会社の中の人」なので、自分自身とはまた少し違った立場です。
会社が前提にありますからね。

 

会社の経費には無頓着になりがちな感覚と逆の意味で似ているのかも知れません(笑)

 

そう、仕事上ではそう言う考え方をしていたので、下地はあったのでしょう。
自分自身のことでも最近は、何か解決法があるんじゃないかと考えられるようになっています。

 

もちろん、お金や時間やリソースには限りがあるので、自分自身のこととなると解決できないことの方が多いです。
でも、解決法が分かっているのと分かっていないのとでは、大きく違います。
心のゆとりが違います。

 

なぞなぞの答えを知っている、知っていないぐらい違います。
取扱説明書を持っている、持っていないぐらい違います。

 

そう、マクロで物事を見れていると、どこか心が安定するんですね。
解決できなくとも精神的にはゆとりが出ます。

 

皆さんも上手くいかないことや、不満や、愚痴なんかを「解決出来ること」としてかんがえてみると、実際には解決できなくとも気持ちは楽になるかも知れません。

 

ではでは、また。